「いや」「でも」「だって」これらの言葉を頻繁に使う人は、
他人の意見は考慮せず、自分の意見を無理にでも押し通そうとする傾向があります。
あなたはどうでしょうか?否定的な言葉を多く使ったりはしていませんか?
もしそうなら、遠回りの人生になっているかもしれません。
我を通すと遠回りの人生が待っている
学生の時は、部活動の先生の指導を素直に聞くものですが、
社会に出た瞬間に経験などが邪魔をして「自分はある程度できる」と勘違いし、
人の言うことを素直に聞けなくなってしまう傾向があるように思います。
「成長過程では自分の我を捨てたほうが賢明です」
何を隠そう、私は過去に、我を通して先輩のアドバイスを無視し、
足を怪我したことがあります。無理がたたって、治るまでにかなりの時間を要しました。
今では、アドバイスをくれた先輩に申し訳なく思い、後悔しています。
教える立場になってみると理解できるのですが、自分が教えても教えたことをやらず、
「我」にしがみついている人には、教えたいという気持ちがなくなってしまうものです。
心理学には、「返報性の法則」という言葉があります。
人は他人から肯定的な態度をとられたり、評価されたりすると、
その人に対して好意を持って接するという心理傾向のことです。
反対に、否定的な態度をとられたり、評価されなかったりすると、好意が増すことはありません。
つまり、「教えても実行しない」という否定的な態度をとられると、
人はそれ以上教えようという気持ちが失せてしまうのです。
自分より能力や実績のある人に聞いてしまおう!
自分が経験したいと思っていることや、壁にぶつかっていることのほとんどは、
世の中の誰かが経験していることです。
富士山に登りたいなら、富士山に登った人に聞くのが一番ですし、
脱サラして独立起業したいのであれば、すでに事業を成長させ続けている人に聞くのが確実で、
いち早く目的地に到着できるのです。
また、自分では「フルマラソンを完走できる」と思っていても、
「ランナー」という大きな視点で見てみると、何度も完走しているランナーや、
サブ3で完走できるランナーは沢山います。
自分がすぐれているという感情は一度横に置き、「自分より能力のある人は必ずいる」と考え、
クリアな状態でものごとを考えるように意識することは大切です。
私がそうだったように、必死に自分の頭で考えて無駄な「我」を出すよりは、
自分より実績を出していて経験のある人や、得意な人から聞いて素直に実行したほうが、
成果も早く出ますし、気持ち的にもすっきりします。
自分の能力が足りていないことを認めてしまったほうが、
早く、楽に成長できるのではないでしょうか。
「我」を出すことを否定するつもりはないのですが、結局は遠回りになってしまうことが多いと思います。
自分の常識と他人の常識は違う
今でこそ「我」は捨てたほうが良いという考えをもっていますが、
社会に出た頃の私は、少ない経験と、無い頭で考えた「我」を誰よりも強く持っていました。
「我」というものは、自分の今までの経験が生み出していることが多いのですが、
それが積もり積もって自分の「常識」となっています。
しかし、当たり前のことですが、常識は人によって違います。
自分の中の常識は、他人の常識ではありません。
自分の常識を主張することによって、新たな思考を受け入れる扉が閉ざされてしまうので、
「自分の常識と他人の常識は違う」と考えることによって、
「自分が正しい」という気持ちを取り払うようにすべきです。
また、過去の小さな成功体験を引きずるのをやめることも、
「我」を取り払うために効果的だと思います。
小さくても何かに成功して喜びを得ると、そのやり方や考え方に執着してしまうことがあります。
小さな成功体験にこだわり、成長や挑戦をやめてしまうのはよくありません。
その成功体験は偶然の賜物だったのかもしれませんし、過去には通用しても現在は通用しないかもしれません。
自分が成長の段階では、常識や考えは抑えておく必要があります。
「自分がすべて」という考えを捨てて常識を取り払えば、誰からの意見でも素直に受け入れられる態勢ができ、思考を預けられる相手が見つかるのではないでしょうか。
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